賢人と凡人の違い

賢明なものは、検討を加えてから有益な養生法に力を入れる。一方世間一般の人はラジャス(激情)とタマス(無知)で覆われているので選り好みをする。賢人は学問や理性や記憶力、器用さ、自制、有益な養生法の習慣、弁舌の純粋さ、心の平穏、忍耐が備わっている。一方、凡人にはこれらの素養が備わっていない。これば凡人自らが招いた心身の病に陥る理由である。チャラカサンヒター第1巻第30章36-38

ラジャス、タマスとは心がリラックスしていない状態を表しています。心は体と魂を繋ぐ送電線の役割をしています。この送電線が正しく繋がれていてはじめて魂からの正しいメッセージが肉体レベルに伝わり、私達の知性は働きます。心が過度に刺激されている状態(ラジャス)でも、心が曇って混乱している状態(タマス)でも、送電線である心が魂にがっちり繋がっていない状態なので、知性を働かせることができません。

知性の誤り(プラッギャーアパラータ)により、凡人は有害な感覚対象に浸り、生理的欲求を抑え、危険を伴う仕事に着手する。無知なものは目先の快楽に執着するが賢明なものは理解力が卓越しているためそのようなことはしない。チャラカサンヒター第1巻第30章39-40

例えば、”美味しいものを食べること”や”好きな音楽を聴くこと”は、心をリラックスさせることのように思われがちですが、これらは一時的な欲望を満たすにすぎず、また更なる欲望を生み出す原因となります。賢人とは、心をコントロールしていて、欲望に流されず、知性が正しく働いている人と言えます。

健康になるには賢明でなければならない

肉体は常に食べたものを材料として作り替えられています。肉体の健康を得るためには、日々五感から何を取り入れ、どんなライフスタイルを送っているのかに大いに関係しています。

アーユルヴェーダの古典チャラカサンヒターの中には、健康であるためには賢明でなければならないといいます。なぜなら、病気になる前に病気を予防し、病気になってしまったら適切な養生をする必要があるからです。。

幸福(スカ)を願うものは、未発症の病気を予防するためや発症した病気を治療するための養生法に従うべきである。すべての生物の活動は本能的に幸福を追求しているが、良い道を選ぶか悪い道を選ぶかは賢明か無知かにかかっている。チャラカサンヒター第1巻第30章34-35