ムニンドラ・パンダ先生の音源公開インド哲学講座より。ムニンドラ先生は、インド哲学を深く学ばれ、過去にはヨーロッパでインド哲学の講義をされていて、現在は日本でインド製品の卸商社の社長さんをされています。そしてご自身の会社の一室で週2回インド哲学を無償で教えていらっしゃいます。 ヴェーダ・スクール http://www.jagatnath.com/index.html

3段階のカルマ

サムチッタカルマ

インド哲学では、サンサーラと呼ばれる輪廻転生を説いています。その中では、この世の中には840万の生があるとしており、これをすべてを生死を繰り返しながら経験する必要があるとしています。サムチッタカルマとはこれらすべてのカルマを表しています。

このサンサーラから唯一抜け出す方法としては、智慧の力でカルマを燃やしてしまうことです。すべてのカルマを燃やすことができれば、今世で輪廻転生を終えることも可能だとしています。輪廻転生を終えるとは悟りを開き、モークシャ(解脱)することを意味しています。

またもし輪廻転生を終えた後でも、アヴァターラー(化身)として生まれ変わることができるとしています。例えばブッダなど。

プララーブダカルマ

この世での一生はこのプララーブダカルマによって決定されています。

人間は人生のすべてを自身で選択して行動していると考えていますが、インド哲学的には誕生から死まで肉体的なことはすべてプララーブダカルマによって決まっていて選択肢はないといいます。赤ちゃんがこの世に生まれて産声を上げた瞬間は、プララーブタカルマのはじまりのベルであり、死の瞬間息を引き取った時がプララーブタカルマの終わりです。

人間は両親を選べないと思っていますが、今世この両親を得たのは過去の生で望んだからだと言います。

つまり今世での行いのすべてはプララーブダカルマによって決まっており、それをすべて解消した時が寿命となります。

ここで誰もが思うのは、今までのカルマすべて(サムチッタカルマ)を今世にて解消することはできないのかということですが、今世で解消できるだけのプララーブダカルマだけを持って生まれてきているのでそれはできません。

例えば自分の資産はいくらかと言う時、銀行や投資分を含めて多くの財産があるとしても、今日の財布に入っている金額ははるかに少ないように、多くの解消すべきカルマの中で今世もってきたカルマは決まっています。このカルマが終了したところで今世は終わりとなります。

ですから幼稚園や小学生といったごく若い時期に命を落とす方がいますが、これも偶然ではなく今世で解消すべきカルマを終えて旅立っているにすぎません。

3種類のプララーブダカルマ

イッチャープララーブタカルマ

そうなって欲しいという欲望からくるプララーブタカルマ

今世で生まれてきたという事は、何らかの叶えたい欲望があったということです。イッチャープララーブタとは、そうした欲望の中で”そうなって欲しい”という欲望のことです。

アニッチャプララーブタカルマ

絶対に欲しくない欲望からくるプララーブダカルマ

”絶対にこうなって欲しくない”というのも欲望の一つです。例えば特定の人が嫌いという憎しみを前世で思ったとしたら、その人と闘うために生まれなければなりません。

アンニャチャプララーブタ

アンニャは誰か他の人のことを意味。 自分の楽しみには興味がなく、誰かを助けたい 死の瞬間誰かを助けたいと思ったことによるプララーブタカルマ

聖典にはアンニャチャプララーブタカルマを象徴するジャラバラタという王様の話があります。

バーガバタの王バーラタは、王国をおさめていましたが、人生の最期に森へ去りました。バーラタには、既に今世での欲望は何もなく悟りへの道をすすもうと思っていました。

そんなある日バーラタが瞑想していると虎が吠えました。目をやると女鹿が逃げ回っていました。女鹿は妊娠しており、川を飛び越えようとした時、子どもが生まれてしまいました。しかし女鹿は流れにのまれて死んでしまいました。生れた小鹿はどうにかこうにか生きていました。

バーラタはその小鹿を見て、もはや母鹿は死んでしまい、誰もこの小鹿の面倒をみることができないと思いました。そこで小鹿の面倒をみるのは自分の仕事だと感じ、家に連れて帰りました。

バーラタは毎日小鹿の為にミルクを与えて万事よく面倒をみました。今世での欲望はすべて捨て去ったはずだったにも関わらず、バーラタは子鹿への愛情を角つのされていました。そんなある時、子鹿がいなくなってしまいバーラタは大いに動揺します。そしてバーラタはついに死を迎えますが、その死んでゆく中で自分なしで子鹿はどうなってしまうだろう、誰が面倒をみるのだろうか、かわいそうだとおもって死んでいきました。

前世で子鹿のことを思いながら死んだというアンニャチャプララーブタカルマのため、バーラタは鹿として生まれ変わりました。バーラタは森へ去った時、他に何の欲望もなかったにもかかわらず、子鹿のことを考えて死んでいったのでその子鹿を世話するのに最もふさわしい鹿として生まれ変わったのです。

バーラタが子鹿の元に向かうと子鹿はすっかり大きくなっていて、既に世話は必要としておらず、自分のしたいことがあるから邪魔しないでくれとバーラタに言いました。

バーラタは鹿に生まれてしまったのですが、過去生での良いカルマと、他に何の欲望もなかったことで、彼の知識は彼とともにありました。バーラタは子鹿への執着から鹿として生まれてしまったことで、1回分の生を無駄にしてしまったことを悔やみ、聖者の元にいって周りで暮らすようになりました。

もと子鹿だった鹿も聖者のところはサットヴァでよい雰囲気だから一緒に行こうと誘いましたが、もと子鹿は悟りには興味がなく、他の鹿と遊んでいる方がいいといいました。鹿となったバーラタは再びその小鹿を助けたいと思いました。

鹿に生まれ変わったバーラタは次の生で再び人間として生をうけました。そこでバーラタは気が付きました。”自分には何の欲望はなかったのに2回も生まれ変わってしまった。そして助けたいと思った者たちは誰も自分の助けを必要としていなかった。” そこでこれ以上の欲望や執着を生み出さないためにバーラタは今世では誰とも話さないと決めました。なぜなら話すことで新しいカルマが生れると思ったからです。そこで言葉を話せない人として過ごしたので周りは話せない人だと思いました。

バーラタが助けようと思った鹿もまた人間として生まれ変わっていました。バーラタは人間として生まれた元子鹿と出会い、バーラタは人生ではじめて話すことになります。

バーガバタは日本語でも翻訳されて読むことができますので、是非読んでみてください。

バーラタは他の人を助けるために2回も生まれ変わりました。それにより苦しむことになります。

アーガーミカルマ

現れつつあるカルマという意味。悟りを得た後になされる行為がアーガーミで、これはもはやその人を束縛することはありません。

カルマには2種類ある

パーパカルマ

パーパカルマは悪い行いという意味です。 欲望とともにある行為は必ず苦痛・罰がセットになっています。 パーパカルマ(悪い行い)には常にパーパパラ(悪い結果)がセットです。 例えば、悪いことを願った場合、その願いは叶いますが、病気になるといったように悪い結果がついてきます。

もし、パーパカルマをキャンセルしたいと思ったならば、プラヤスチッタカルマ(過ちを正す行為)を行います。具体的には、”私は過ちを行いましたとあやまります。”

プンニャカルマ

プンニャカルマは良い行いのことです。これはダルマの行いによってのみ得ることができます。プンニャカルマを行うことで、願いは好ましいように叶えられます。

まとめ

今世で物質的なことはすべてプララーブタカルマによって決められています。これは運命といってもいいかもしれません。人間として生まれてきた最大の理由は悟りを得てこの輪廻転生から抜け出すことです。そのためにもパーパカルマに気が付いたときにはその時点で過ちを正し、行いはすべてダルマにのっとったプンニャカルマであるよう心掛けることです。そして何よりこの先の多くの生をうみだす種となる欲望を増やさないことです。

ムニンドラ先生によると、人間にとって本当に自由になるのは思考だけだといいます。肉体は五大元素からできていてそれらはこの宇宙からの借り物にすぎません。そしてこの思考は口にするほど台無しになるといいます。確かに街中の人の会話に耳を傾けても誰かの悪口、不満、不平ばかり聞こえてきます。これは現代がカリユガ(戦いの時代)であり、この時代の特徴でもあります。ですから、人間にとっての唯一の財産である思考を知恵を得ることに使うのだそうです。

五感は心は快楽を求めて常にさまよい続けます。気が付くと”美味しいものが食べたい” ”可愛い服が期待” ”温泉に行きたい”などと新たな欲望が恐ろしいほど日々湧いてきます。今の世の中でこれが一番チャレンジングだと思いますが、是非みなさんも一緒に五感からの情報を最小限にコントロールし、少しでも聖典の勉強に時間を使いましょう。

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