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神様は人の姿になってあらわれることがある

アーユルヴェーダもその一派であるヴェーダ哲学には、神様は人に気づきをあたえるために人の姿になってあらわれることがあるといいます。

例えば バガバットギーターと呼ばれるインドの代表的な物語があるのですが、ここにはヴェーダの教えがつまっていて、人の姿をした神様が多く登場します。

代表的なのはクリシュナ神でアルジュナの義理の兄として存在していますが、同時に物質的なものを超越した神様でもあります。なぜ人間の姿になっているかというと、自らが手本となって人間のあるべき姿を示しているのです。

キリストやブッダも同様に神でありながら人間を教え導くために人間の姿になって一時代を生きたという説もあります。

星の輝きや夜でないと見えないように、人間の内なる光は内面深くを見つめないと見えない

肉体をもっている人間はそれぞれが別々の存在に見えますが、本質的なエネルギーには区別がなく同じだといいます。

そういう意味では、すべての人の中に神はあります。

例えるなら、日中は太陽の光がまぶしすぎて星の輝きが見えず、夜になると見えるようなものです。

星の輝き自体は同じですが、その輝きが日中は隠れていて気が付きません。

人間の内なる光は、物質的な肉体にとらわれているうちは気が付くことはできず、

ざわつく心の波を完全に消して、内面深くを見つめないと感じることができません。

それが出来ている人が自らの神性と心が繫がっていて、人の姿に見えて肉体に捉われず、本質から生きているといえます。

重い病気をもった男の子が人間のあるべき姿について語る

いんやくりお君はまさにそういう存在なのだろうなと思います。

彼は重い病気をもって生まれてきました。その子が語った言葉をまとめた いんやくりお君著 ”自分をえらんで生まれてきたよ”という本がすごいんです。

彼の言葉は、私が知識として学んでいるアーユルヴェーダの教えそのもので、子供らしいストレートな表現が読んだ人の心の深い部分に届くのだと思います。

例えばアーユルヴェーダでは、人生の目的は人を助けることだといっていますが、

りお君の言葉では、

”人は、みんなにいいことをするために生きている。それを「自分の仕事」という。みんなのために働かないと、仕事とは呼ばない。「自分の仕事」がなければいきていけない。”

”人は、幸せを贈りあうために、生きている。助けあって、幸せを贈りあうために、生きている。”

これはまさに”ダルマ”生まれもった使命、正義のもとに仕事をし続けることをいっているのだと思います。

これから家族を迎えるママ・パパへ

本の解説部分で産婦人科医師の池川明先生が次のように書かれています。

赤ちゃんはまず、お母さんの役に立ちたいのです。お母さんにたましいの成長をもたらし、幸せを運びたいと願っています。それに成功したと感じられた子供は、思春期以降、自信をもって自分の人生を歩みだします。そしてもっと広い世界で、人の役に立つ生き方を模索していくのです。

あらためて親子こそ意味あってのご縁であり、

自分なんかが親になれるかな?子育てできるかな?

と思っているママたちは、赤ちゃんを授かったというだけで、それまでの人生がどうであれ、生まれてくる子はママを精一杯愛したいと思っているんだよという気持ちになりました。