体・心・スピリットを扱うホリスティック医学 西洋医学と異なり、アーユルヴェーダの領域は目に見える症状を取り除いたり特定の病気を治すことだけにとどまりません。アーユルヴェーダでは生命は肉体だけから成り立つものではなく、心、魂、五感も含めて生命だと考えます。 アーユルヴェーダ医は病気の治療方法を処方する前に、患者の生活を多方面にわたって検討します。ハーブや薬の処方だけではなく、患者にあった正しい食事や生活習慣をアドバイスする事もアーユルヴェーダ医の大切な役割です。

たとえば家族との不和や職場での問題などからストレスや不安症に苦しんでいる患者がいるとします。ストレスや不安症の原因となっている外部要因を取り除かなければ、ほんとうの治療にはなりません。薬をつかえば表面上の症状は緩和しますが、根本原因をなくさないかぎり、薬をやめればまた症状があらわれます。患者には根本原因をとりのぞくためのアドバイスが必要なのです。患者は生活習慣や食事を改める事はもとより、場合によっては職場をかえることも必要になるかもしれません。 病気の治療においては、スピリチュアリティー(精神性)も重要な側面です。

治療の重要な要素にスピリチュアリティーがある

SS183 決して難しい考え方ではありません。病気の治療においては、薬を処方するのと同じくらい愛情、献身、親身な世話が大切です。患者と医者のあいだに愛情や献身といった強い絆がなければ完全なる治療はむずかしいのです。医者は患者を精神面や心理面で支えることが必要です。これが病気の治療において欠かす事のできない基本要素であり、アーユルヴェーダの基本的な目的である自然との調和にもつながるのです。

いかに自然と調和して生きるか

sunrise アーユルヴェーダは「自然と調和して暮らす」ということを非常に重視しています。自然との調和を失う事は身心のアンバランスや病気を誘います。アーユルヴェーダでは、病気の主たる原因の一つは、「プラッギャーアパラータ(pragyaparadh)」つまり、知性のあやまった使い方にあると考えています。 知性のあやまった使い方は生活に関係する事もあれば、仕事、食、あるいは五感のさまざまな機能に関係している場合もあります。知性のあやまった使い方は調和の喪失を招き、結果的にドーシャのバランスを崩す事になるのです。目、耳、鼻といった感覚器官の使用は最適であるべきなのですが、大音量の音楽を聴きすぎるとか、テレビを見すぎるといったかどの感覚器官の使用はドーシャのアンバランスを招きます。なぜ感覚器官の過度の使用が起こるかというと、知性を正しく使っていないからです。それが「プラッギャーアパラータ」です。 すべての生き物が自然の法則にしたがって生きているなかで、人間だけが自然の法則に反した生き方をしています。それが不講和と病気をひきおこしているのです。ライオンは草を食べません。体の仕組みが肉しか食べないようにつくられており、この法則を守る事によって自然の調和を保っているのです。アーユルヴェーダの定義を理解すれば、この意味がもっと明確になるでしょう。

アーユルヴェーダの定義 最も有名なアーユルヴェーダの古典である『チャラカ・サンヒター』は、以下のように定義しています。

1. 有益なライフスタイルと無益なライフスタイル 2. 幸福なライフスタイルと不幸なライフスタイル 3. 人生にとって良いこと悪いこと 4. 寿命 この定義からわかるように、アーユルヴェーダは通常の医学のように治療のみを取り扱うのではなく、それ以上のものに目を向けた科学です。アーユルヴェーダは、個人の体および社会の自然バランスを損なわない行いやライフスタイルについてアドバイスしています。それに従うならば、個人レベルだけでなく、社会全体のレベルにおいても幸福や平和を得られるはずです。要するに、アーユルヴェーダは健康と幸福が得られる生活を多方面からとらえる科学なのです。

アーユつまり生命とは何か アーユルヴェーダは生命の科学と言われています。これに対する理解度を高めるにはまず、「アーユ」つまり生命とは何かということを知らなければなりません。 アーユルヴェーダによると、

生命は心、体、五感、魂の結合体です。このうちのどれがかけても生命は存在しえないのです。アーユルヴェーダの「アーユ」とは、体内の「気」つまり「プラーナ」を維持する役割を果たしている心、体、五感、魂の結合体を示す言葉です。この4つの構成要素があるからこそ、生きている人の中にはすべての顕在化した事象、幸福、悲しみ、愛情、愛着心、知性、誕生、死などが存在しているのです。アーユルヴェーダでは心、体、五感、魂の結合をプルシャと呼びます。このプルシャがアーユルヴェーダの治療の対象なのです。 アーユルヴェーダの知識は、心、体、五感、魂の結合体であるプルシャのためにあり、アーユルヴェーダの原則や健康に関する法則を患者に適用するときには、患者を単なる肉体としてではなく、プルシャとしてとらえなければなりません。つまり、患者の体と同じくらい心、五感、魂を重視しなければなりません。体に力点をおく現代医学ではヒーリングは行なわれていないのです。 生命の定義に話を戻しますが、ダーリ(Dhari)、ニトヤーガ(Nityaga)、アヌバンタ(Anubandha)はアーユの同義語です。「ダーリ」は体を維持するものという意味です。生命がある限り肉体は朽ちないので、生命はダーリとも呼ばれるのです。生命つまりアーユがなくなれば、体は朽ちはじめます。「ニトヤーガ」は永遠という意味です。ヴェーダの考え方によれば、生命は永遠です。決して死に果てることはなく、体から体へと移動するだけです。サンスクリット語のニトヤーガはアーユのそうした性質をあらわした語です。「アヌバンダ」は体から体へ移動するものという意味です。アーユは永遠に体から体へ移動するもの、つまりアヌバンダなのです。こうした語からわかるように、生命すなわちアーユは体から体へ移動して永遠に続くものであり、体はそのなかにアーユがある限り維持されるものです。一つの肉体の死後、魂は心と微細な体と共に別の肉体に移動します。こうして生命は永遠に存在しているのです。

健康とは何か

bodytype 『スシュルタ・サンヒター』で説かれている健康の定義によると、

3つのドーシャのすべてバランスがとれ、7つのダートゥすべてバランスがとれた状態にあり、13種類の消化の火(アグニ)がすべてバランスのとれた状態で機能し、排泄機能もすべて正常に働き、感覚器官も正しく働き、心と魂が幸福な状態にあることを健康とよびます。 アーユルヴェーダによる健康とは単に病気の身体的症状が取り除かれた状態をいうのではなく、心と魂も幸福な状態でなければ健康とはいえません。体に問題があるわけではないけれども精神的に幸福でない人はたくさんいます。アーユルヴェーダではそうした人たちも不健康とされています。 現代社会においては、幸福や平安を得たいがための行いや行動は、残念ながら体や身体的メカニズムに関係した事に偏っています。同じように重要な健康のもう一つの側面、つまり心や魂にはまったくとは言わないまでも十分な注意が払われていないのが実情です。幸福や平安を得るために良かれと思ってしている行い、食事、ライフスタイルなどのなかにも、心や魂のためにはよくないことがあるかもしれません。最も良いとされる健康の法則に従い、あらゆる病気予防措置を行なっても、幸福感や落ち着いた気持ちを得られない事があるのはそのためです。 アーユルヴェーダは体の健康維持と並んで、霊的進化においても重要な役割を果たしています。「霊的」という言葉に居心地の悪さを感じる人もいるかもしれません。実際、ほとんどの人が「霊的」の意味を正しく理解していません。「霊的」というのは「魂に関連したもの」という意味であり、健康を維持したければこの意味を理解する必要があります。先にも説明したように、健康であるためには幸せな心と魂をもっていなければなりません。そのためには心と魂を知ることが大切です。心と魂を理解しなければ、幸福感や平安感もおとずれないでしょう。物質は心と体には喜びを与えるものかもしれませんが、魂を幸せにはしてくれません。いくら物質的喜びを得るために最高のテクノロジーやモノを手に入れたとしても満たされないのはそのためです。 アーユルヴェーダが教えてくれる幸福感と平安感を得るための方法はとても簡単で、だれでも実践できます。 まずは自然と調和して生きるという事です。自然と調和しながら暮らせば、すべてのバランスが取れ、健康も平和も幸福ももたらされます。

アーユルヴェーダの目的

・ 健康な人の健康維持 ・ 病人の病気治療 第一の目的の健康な人の健康維持については、衛生学と考える事ができ、正しい食習慣、食べ物の組み合わせ、体質に応じた食べ物や行い、夜の過ごし方、日々の過ごし方、季節に応じた養生法などのほか、ドーシャのバランスを保つための一般的行いについても明示しています。これはアーユルヴェーダの実践的かつ科学的基礎を説明した部分です。 第二の目的の病人の病気治療は、さまざまな病気、診断、治療方法について述べています。アーユルヴェーダは、ほとんどの病気の原因は守るべき食習慣や生活習慣を守らなかった事にあると考えており第二の目的は第一の目的に関連しています。健康の維持はドーシャのバランスを維持する事によって可能となり、ドーシャのバランス維持は正しい食事、正しい生活習慣、規則正しい睡眠などによって可能となるからです。 アーユルヴェーダは病因学、診断方法、治療方法などをあつかう8部門からなっています。 アーユルヴェーダの目的は上記の二つであって、ほかにはありません。 この二つの目的をよく理解し、病める人に奉仕したいという気持ちをもってください。 病いのない健康な社会をつくることがヴェーダの知識の究極の目的なのです。