はじめに

アーユルヴェーダは古代インドで発症した医学体系で、起源はヴェーダ時代にまでさかのぼる事ができます。 ヴェーダとは知識や科学について科学について書かれた世界最古の書物群です。 ”ヴェーダ”は【知識】あるいは【科学】という意味のサンスクリット語です。 今日、ヴェーダはインド人のために編纂された書物と受け止められておりますが、そうではありません 。

人の身体機能は同じです。肌の色や環境、文化などは違いますが、解剖学的あるいは生理学的にみた人間はみな同じです。 現代医学が万人に等しく適用されるように、ヴェーダやアーユルヴェーダが病気の治療や予防によいとしている食事やハーブの使い方は万人にあてはまるのです。

さまざまな身体システムの機能や一個一個の細胞の代謝機能はみな同じです。だから体内システムに関するルールはすべての人に適用できるはずです。 たとえば、しょうがの絞り汁とはちみつとを混ぜたものはすべての人に虚痰作用があるはずです。生まれた場所に関係なく、すべての人に効き目があります。 他のアーユルヴェーダのルールも同様にすべての人に適用されるのです。 もちろん長い世紀にわたってアーユルヴェーダを生活にとりこんできたインド人は、ほかの国の人よりアーユルヴェーダ考え方になれています。 だからといってアーユルヴェーダがインド人だけのものということにはなりません。そうだとするなら、西洋医学は西洋の人にしか使えないという理屈になり、インド人には効かないはずですが、そんなことはありません。ヴェーダは世界中の人々が使える実践的な情報なのです

アーユルヴェーダは科学

hatimitu01.jpg アーユルヴェーダは昔の科学だから現代には有効ではないという偏見もあります。 しかし、アーユルヴェーダは現代科学より科学的といえます。現代科学の理論はよくかわります。例えば、20年来最も広く使われてきた抗生物質の中には、健康に副作用があるということで、今日では人体への使用が禁止されているものもあります。 しかしアーユルヴェーダは違います。5千年前に説かれたしょうがやハーブの性質は今も変わりません。現代人は免疫力が低下していますから、ハーブ薬の処方量を患者の体力にあわせて変える必要があることは当然です。しかしハーブ薬を処方するにあたって、アーユルヴェーダ医が患者の年齢、性別、免疫力、住んでいる場所を考慮しなければならないことは、昔のアーユルヴェーダの教科書にはっきり明記されています。

アーユルヴェーダの言葉の意味

harb06.jpg アーユルヴェーダという言葉は”アーユ”と”ヴェーダ”の2つの語から成り立っています。 ”アーユ”は、【生命】の意味、”ヴェーダ”は【知識または科学】という意味です。 したがってアーユルヴェーダとは、【生命の科学】という意味です。

アーユルヴェーダの起源

sizen02.jpg アーユルヴェーダの古典『チャラカ・サンヒター』には古代の聖人バラドヴァージャがインドラ神からアーユルヴェーダを学んだと記されています。 バラドヴァージャは自分が学んだことをそのままほかのリシ(賢者)や生徒に伝えました。自分の表現方法や自分の言葉にかえたりせず、インドラ神から聞いたことをそのまま伝えたのです。 何かを付け加えたり削ったりせず、アーユルヴェーダをそのまま伝える。 ここが重要な点です。アーユルヴェーダを人に教えるとき原典のまま伝える事が大切です。ヴェーダ教典に記載されている多くの理論は非常に微細なレベルに言及しているため十分に理解した人が教える必要があります。昔の教師(グールー)は基本原理をいささかも変えることなく、生徒にヴェーダの知識を教えたのです。このように純粋な知識は幾世代にもわたって伝えらてきました。現代においても、アーユルヴェーダをはじめとするヴェーダ科学を学んだものは、こうした方法によって知識をつたえています。

アーユルヴェーダの知識は社会のために使うもの、人々を健康で幸せにするという目的のために使うものと考えられていました。 これこそがアーユルヴェーダを教えたり学んだりする本来の目的であるべきです。もし、将来よいアーユルヴェーダ医になりたいと思うなら、この点を理解しなければなりません。

もちろん、医療器具や薬の服用量などには、現代の状況にあわせて変更可能な、あるいは変更すべきものもあります。 『スシュルタ・サンヒター』には木や石でできた器具の記述がありますが、鉄鉱やファイバーガラスが発達した現代においては、こうした素材をつかって医療器具を作る方がよいのは当然です。

薬の服用量にしても、アーユルヴェーダ教本に記述されている量は当時の人の体力や免疫力にあった量であり、免疫力がおちている現代人に適した量を考えなければなりません。アーユルヴェーダはある特定の環境下での変更はみとめています。原典に記述されているハーブがない地域ではかわりのハーブを使わなければなりませんし、患者の体力、年齢、住環境、体質、病気の悪化度合いなどに応じて薬の処方を調節する事も必要です。肝心な事は、基本原理をゆがめない事です。基本原理に従わなければ、原典にかかれているとおりの結果が得られないかもしれません。 古代において、学ぶ事の実際的な礎は、師匠と弟子の間の積極的な相互作用にありました。弟子は世事の一切を捨て、学ぶ事に最適な場所に移り住んだのです。通常、グルークラス(学校)は自然豊かな場所にありました。そこには心配事やストレスがなく、弟子はアーユルヴェーダの知識を得る事に専念できたのです。師匠は生活をともにしていたため、弟子は師匠との個人的関係から恩恵をうけることができました。こうした個人的関係がヒーリングの礎なのです。 個人的なつながりがないヒーリングはありえません。 医師は患者の治療に際して、患者との個人的関係をとおして患者の心理的、身体的、あるいは精神的傾向を理解する事によって、あやまりのない診断をくだすことができるのです。 これが、現代医学に最もかけている点でしょう。患者は自分が機械のように扱われていると感じています。医者の中にも現代医学に違和感を抱く人が少なくありません。患者に対する全人的ケアがなければ一層の病気を引き起こしかねず、患者は健康を取り戻す自信をもてません。希望を失い、病気はさらに悪化していきます。病める人の治癒について、治療する側の医者がこうした重要点をもっと深く理解し実行するなら、もっと多くの患者がよりよい方法で救われるはずです。

治療における最も大切な4つの基本要素

kusuri01.jpg『チャラカ・サンヒター』には治療において最も大切な4つの基本要素が記述されています。

・ 医者
・薬
・看病するもの、付き添いの者(患者の家族も含まれます)
・患者

このうちのどれかが資質的に欠けていても、アーユルヴェーダによる完全な治癒は見込めません。『チャラカ・サンヒター』は、この4要素のよい状態と悪い状態について1つの章を割いて詳しく述べています。

今日、昔の生活方法をそっくり真似ることは無理かもしれませんが、原知識の本質を理解し、それを実行する事はできるはずです。現代の技術を使えばオリジナリティーが損なわれるという人もいますが、そんなことはありません。肝心な点は、基本は変える必要がないということです。